【案内】小説『エクストリームセンス』について

 小説『エクストリームセンス』は、本ブログを含めていくつか掲載していますが、PC、スマフォ、携帯のいずれでも読みやすいのは、「小説家になろう」サイトだと思います。縦書きのPDFをダウンロードすることもできます。

 小説『エクストリームセンス』のURLは、 http://ncode.syosetu.com/n7174bj/

2012年10月6日土曜日

小説『エクストリームセンス』 No.13

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

 7月25日、日曜日の18時32分。山口県萩市で発生した殺人事件の第一報がICC(SOP統合司令センター)の情報監視プログラムにヒットした。
 さかのぼること17時52分。山道整備状況の確認を終えた萩市の職員は、往(い)きに見かけた軽トラックがいまだに止まっていることを不審に思い、トラックの様子を窺うために近づいた。すると、トラック後方の雑草の上に血のような液体がこぼれた跡を発見し、警察に通報した。
 こうした日本全国で起こる事件事故の情報は、直ちにセントラルネットと呼ばれる政府機関の情報ネットワークで共有されるが、これをモニターしていたICCの情報監視プログラムが、この事件へのアラートをあげたのだ。
 早めの夕食――それはインスタント・ラーメンだったが――をSOP本部内の休憩室でとっていた里中涼と西岡武信は、館内放送でICCの真田薫に呼び出された。
 ICCに戻った里中が言った。
 「新情報?」
 真田が答える。
 「ええ、山口県の萩市で殺人事件です」
 「ほう、捜査状況は?」
 「萩警察署が現場を捜査中です」
 「ライブでつなげるか?」
 「はい」
 萩の殺人現場が投光器で照らされる中で、現場を仕切る刑事課の栗原(くりはら)警部補が軽トラックに残された遺留品を確認していると、制服警官が伝令にやって来た。
 「SOP? またかったるいところが絡んできたなぁ~」
 こんな田舎の殺人事件に、テロ対策部隊が何の用だ……
 栗原警部補は近くのパトカーの助手席に座り、セントラルネット経由でテレビ会議のできるモニターを自分に向けた。
 「はい、萩警察署捜査一課の栗原警部補です」
 ICCの中央ディスプレイに汗だくの栗原警部補の映像が映し出された。一方、栗原警部補のモニターには涼しそうな顔をする里中の表情を捉えている。涼しい場所からこき使う気か? 実に不愉快な映像だ。栗原警部補はそう思った。
 「SOP捜査部長の里中です。お疲れ様です。捜査状況を教えていただけますか?」
 SOPの捜査部長と言えば階級は警視、しかしたたき上げの刑事にはあまり関係なかった。
 「何でSOPが田舎の殺しに関わるんです?」
 「関わるかどうかを判断するために状況を知りたいのですが」
 仕方なく状況を説明した。
 「現場はGPSでお分かりですね。現場映像に切り替えます。ご覧のように軽トラックがキーをつけたまま放置されてまして、持ち主はナンバーから萩漁協の漁師と分かってます。自宅に連絡したところ、車で出たまま帰宅していないとのことだったので、周辺を捜索したところ親子の遺体を発見しました。どちらも遺留品に運転免許証があったので、殺されたのは漁業を営む大枝親子で間違いないです」
 「トラックの荷台には何かありますか?」
 「大型のバールが1本、それに木くずのようなものがパラパラ。後は魚の甲羅ですかね。今分かっているのはその程度です」
 大型のバールとは、大枝亮太が使ったものだった。
 漁師、バール、木くず…… 里中は事件に大きな関心を持ち、「ホトケの映像を見せてください」と言った。栗原警部補は若い制服警察官にビデオ通信装置を持たせ、遺体が遺棄された場所に走らせた。ややあって、ICCの中央ディスプレイに大枝親子の遺体が映ると、里中はカメラを持つ警官に話しかけた。
 「カメラを操作している警官、名前は?」
 「はい、今井巡査であります」
 「OK、今井巡査。父親の首の傷をアップで見せてくれ」
 里中は見たことのない傷につぶやいた。
 「何だこれ?」
 西岡は「手刀かも知ねえな」と言って、ぴんと指を伸ばした手で喉を突くまねをして続けた。
 「だとしたら、そこいらのチンピラの仕業じゃないぜ」
 里中は西岡にうなずくと、「ありがとう、今井巡査。栗原警部補、聞こえますか?」と呼びかけた。中央ディスプレイに再びだるそうな栗原警部補の顔が映る。
 「はい、何でしょう?」
 「非常に興味深い現場ですので、うちの科捜チームをそちらに送りたいのですが」
 「ええ、冗談じゃないよ。あんたたちと違って、こっちは外の暑さの中で捜査してるんだ。このまま明日まで現場を維持しろっていうの?」
 里中は真田に尋ねた。
 「〈やましぎ〉でどのくらいかかる?」
 真田は端末を操作して「ざっと1時間半です」と答えた。
 里中は、「よし、着陸地点を萩警察署と至急調整してくれ」と言うと中央ディスプレイに向き直り、栗原警部補に「ご心配なく、そこまではかかりません。1時間半後にお会いしましょう」と伝えた。
 里中と西岡は黒い覆面パトカーのベンツに、科捜チームは小型4ドアセダンのパトカーに乗り込むと、SOP本部からサイレンを鳴らして羽田(はねだ)へ急行した。
 東京国際空港、というよりも羽田空港の方が通りがいいかもしれない。この空港には、空輸関係機関の他に海上保安庁の特殊救難隊とSOP航空小隊の基地がある。そのSOP航空小隊――通称、エアSOPに里中からの出動待機命令が出された。
 エアSOPには、現在2種4機の航空機が配備されている。一つは、コールサインをナイトハウンドとする戦術ヘリコプター2機であり、作戦地域の情報収集や戦術チームの搬送などに使われる。二つ目は、コールサインを〈やましぎ〉とする垂直離着陸が可能な双発プロペラ輸送機2機であり、戦術チーム1個小隊と戦術車両1台、隊員搬送用バス1台を同時に輸送する能力を持つ。
 里中の命を受けたやましぎ1号機は、機長、副操縦士、搭乗運用員2名を乗せ格納庫から駐機場に出ると、機体後部の貨物室ハッチを開けて里中らの到着を待った。
 19時25分。羽田に到着した2台のSOP車両は、そのまま〈やましぎ〉の貨物室ハッチから機内に停車した。搭乗運用員が車両を固定しハッチを閉めると、〈やましぎ〉の双発プロペラ・エンジンは出力を上げ、機体を浮かべると徐々に上を向いたプロペラを前方に回頭させ、巡航速度の時速560キロメートルに加速しながら山口県萩市を目指した。

 

 20時を少し過ぎたころ、見山人美は暗闇に包まれた白石邸の庭の中央に立っていた。屋敷とその周囲は暗くひっそりと静まりかえり、空には転々と星が瞬いていた。
 人美はもっとうまくなりたいと思っていた。神から授かったのか、運命のいたずらか、人美にはサイパワーがある。せっかく得たこの特別な力を、自分の意のままに操りたい、そう願いいつもその術を模索していた。
 でも、何のために? 人美は心の中でつぶやきながら夜空を仰いだ。
 この力を使いこなした時、私は何になるんだろう?
 星の輝きは闇に対してあまりにもか弱い光だった。そして、闇の中に一人たたずんでいることを意識すると、脳裏には様々な光景が意思に反して浮かび上がり、背後に恐怖を感じた。
 超能力を持つが故に迫害され、国家に追われることになった少女。力に溺れ、悪の道に走る者。小説や映画の主人公たちはいつもそのような有り様だ。そんなことが脳裏に浮かぶと、この巨大な闇に飲み込まれ自分にも大きな災いが起こるのではないか、そんな恐怖がこみ上げてくるのだった。人美は激しくかぶりを振った。
 「違う、私は不幸にも悪にもならない!」
 人美はスマフォの音楽プレイヤーで、今一番気に入っている音楽ユニットの音楽を再生した。美しい女性ボーカルが響く……


  天から注ぐ恵みは、命を癒し光を与える。
  大地に根付く恵みは、命を支え力を与える。

  世界はひとつ、つながりあって、永遠の営みを続ける。

  争いをなくして、同じ視線で語りあおう。
  地球はひとつ、生きる大地もひとつ。

 

 恵みはひとつ。これは中国人の女性ボーカリストと日本人の男性キーボーディストによるユニット――The Art-Sprawl(ジ・アート・スプロール)の楽曲だった。彼女たちはアジアの平和への願いを託した音楽を奏で、特に日本、コリアン、中国、台湾、インドなどの国境にとらわれない文化交流世代――クロス・カルチャーといわれる10代、20代の年齢層から強い支持を受けていた。


  海が運ぶ恵みは、命を産み優しく育てる。
  風が伝える季節は、命を伝え世界に色を与える。

  世界はひとつ、関わりあって、平和を求め時を刻む。

  背伸びを止めて、自然に溶けあおう。
  世界はひとつ、私はひとり。


 恐怖を打ち消すように、人美は強く思った。
 「私は…… 私は正義になりたい…… 笑顔が明日も続き、みんなが優しく生きられる世界。そのために、私はこの力を使いたい」
 人美はぎゅっと握りしめた拳を開くと、音楽を止めヘッドフォンをしまい、EYE'sをパフォーマンス・モードに変更するとクリスタル・フィールドを展開した。そして大きく深呼吸をして空を飛ぶ自分をイメージした。すると、スーっと風が人美の体を一周するように流れ、風に舞う風船のように人美の体は静かに浮かび上がった。
 私に宿る力、どうか私と一つになって!
 その時、流れ星が人美の視界を横切った。あっ! と思ったその瞬間、人美の体は消えていった流れ星を追いかけるかのように天高く舞い上がった。
 うわぁーっ!
 人美の体はクルクルと回転しながら上昇を続けた。
 落ち着け!
 人美は両手を広げ、鳥のように飛ぶ姿をイメージした。すると、体の回転は収まり人美の姿勢は安定した。
 行けるわ!
 人美は加速した。そして上昇、下降、旋回。
 できた! 飛べる! 私は飛べるんだ!!
 それは夢のような世界だった。鳥のように人美は自らの力で天を舞っているのだ。
 人美は周囲を見渡した。
 あれは江ノ島(えのしま)ね。
 前方には江ノ島から伊豆半島にかけての光の水平線が見える。人美は上空約300メートルを光の水平線に向かって飛行し、海の沖合に出ると高度を海面ギリギリまで落とした。そして右手を海面に当てると、水しぶきが飛行機雲のように軌跡を描いた。人美はほほ笑んだ。それは自分に宿る力を意のままにコントロールすることの喜びを実感した瞬間だった。

 

続く……

0 件のコメント:

コメントを投稿