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2012年10月6日土曜日

小説『エクストリームセンス』 No.12

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

第3章


 7月24日土曜日の13時8分。山口県萩市の小さな漁港に、一隻の漁船が帰ってきた。ふだんのこの時期ならアジやイサキ、タイなどを一本釣りで仕留めるのだが、今日はその代わりに3つの木箱を積んで帰ってきた。この漁船は、大枝哲郎(おおえだ てつろう)48歳と、その息子・亮太(りょうた)19歳によって操業されている。
 父の哲郎は、それなりの腕を持つ漁師だが、数年前に不漁続きを経験し、その時にたまたま友人から真光信明会(しんこうしんめいかい)という新興宗教を紹介され、まさに神をもすがる気持ちで礼拝に参加した。すると次の日、久しぶりの大漁となり、以来熱心な信者として週に一度は祝詞を読み、日曜日には会館で行われる礼拝に参加するようになった。
 息子の亮太は中学校でデビューしたツッパリで、何とか入った工業高校も1年で退学した。哲郎のツテで地元の自動車整備工場に就職したが、整備士の資格を取る勉強も続かず、やがてサボって遊びほうけるようになると工場を首になり、結局おやじの船に乗ることになった。
 2週間前、哲郎は真光信明会の支部長から話があると呼び出され、コリアンの支部から大事な荷物が届くから、それを海上で受け取ってくれと頼まれた。苦労して海上を運ぶことが、宗教的にとても意味のあることだと説明された哲郎は二つ返事で応諾し、あなたには大きな御利益があるだろうと言われて上機嫌になった。そして今日、コリアンのプサンと萩市のほぼ中間地点である海域で、コリアンの漁船から荷物を受け取り帰ってきたのだ。
 港に着くと、亮太は軽トラックを船に横付けし、親子二人で木箱を軽トラックに乗せ替えた。そして幌(ほろ)をしっかりと掛けると、自宅の車庫に軽トラックを隠し、支部長から指定された時刻になるのを待った。

 

 15時40分。杉本美花が病院行きのバスを待っていると、黒い大型セダン――SAGAMI FC380が目の前に止まった。助手席のパワーウィンドウが開くと、橋本浩一が「乗れよ。病院に行くんだろう。送ってやる」と声をかけてきた。杉本は車に乗り込み、「どうして私の居場所が分かるの?」と質問をした。
 「あんた、ファミレスで話をした時にトイレに行ったろ。その時にあんたのスマフォに位置情報を発信するアプリを仕込んだ」
 杉本は前金の入金を確実に確認するために、トイレに行くと言って隣のコンビニで残高を照会したのだ。
 「何ですって、そんなこと聞いてないわ!」
 「まあ、そうプリプリするな。こっちだって1,000万も先行投資してるんだ。それなりに保険はかけておかないとな」
 杉本は黙った。
 「ふふ、あんたは本当に物分かりがいい。仕事がしやすくて助かる。で、収穫はあったのか?」
 「昨日、どこにいたか知ってるんでしょう?」
 「俺が聞きたいのはプロセスじゃない。結果だ」
 杉本はため息をついてから状況を話した。
 「沢木たちは確かにエクストリームセンスというコードネームのシステムを開発しているわ。今はテストを繰り返しながらチューニングをしているようね。これは今のASMOSのように脳からシステムへの単一方向の情報伝達だけでなく、双方向になるそうよ。岡林の話をそのまま言えば、人間の脳の高度な推論能力と、ASMOSの高速大容量データ処理が一体になることによって、名前の通り超感覚ともいうべきコンピューティングが実現するんだって。分かっているのはまだここまでよ。でも、相模から長期取材の許可をもらったし、岡林は私の虜(とりこ)。これからはもっと詳しい情報を探れるわ」
 橋本は口元を緩めた。
 「んん、上出来だ。わずか二週間足らずでここまで行けるとは、いい仕事をするな。どうだ、俺と組まないか? もっと稼げるかもしれないぜ」
 「私の目的は金ではないわ。妹の命を救うため。今はその手段のためにあなたの仕事を引き受けただけよ」
 「いいねぇ、ますます気に入った。若いのにしっかりしてるじゃないか。最近はノンポリのしょうもないやつらが多い」
 杉本は言った。
 「でも以外……」
 「何がだ」
 「相模の車に乗ってるなんて」
 ははっ、と笑って橋本は答えた。
 「いいぞ、この車は。ASMOSが搭載されてるからな」

 

 22時38分。ICC(SOP統合司令センター)の真田薫が大声で里中に叫んだ。
 「里中部長っ! パクが消えました!」
 自席からICCに駆け寄る里中涼に西岡武信が続いた。
 「消えたとはどういうことだ」
 里中の問いに真田が答える。
 「20時にパクがホテルを出てタクシーに乗って以降、4人が追跡できません。最初は19時28分に男と女がホテルを出ています。次は19時40分に二人目の男。最後がパクです」
 「タクシーは追跡できないのか?」
 「福岡空港東方2キロの地点でリリースされてます」
 真田は中央ディスプレイの画面を切り替えて続けた。
 「これは福岡市周辺の監視カメラの配置図です。ご覧のように主要な観光スポットにはたくさんの監視カメラがありますが、その他は大きな道路沿いに点在するのみです。彼らが観光を楽しんでいるのであれば、2時間近くも4人全員がフォートップスに補足されないわけがありません。彼らはカメラを意識して行動していると推測するのが賢明かと考えます」
 西岡が言った。
 「こりゃ面倒なことになった。ってことは、HMG-2が使われる可能性もゼロではないな」
 里中が指示した。
 「よし、まずは最悪のシナリオを想定して準備を進めよう。現在の情報をSOP警戒レベル1として内閣危機管理センター、福岡空港警察に伝えてくれ。次に、入管、税関、海保、海自、OUネービー、警察、消防を対象に、日本海沿岸部で発生する事案をすべて収集してくれ」
 西岡が尋ねた。
 「日本海?」
 「奪われたHMG-2が日本に上陸するなら、海しかないさ」

 

 22時47分。漁船で荷物を運んできた大枝亮太は、あの木箱の中身が気になって仕方がなかった。おやじは真光信明会の支部長から頼まれた祭祀(さいし)道具を取りに行ったと信じているが、そんなものは宅配で送ればいい。宅配はどんなものでもどんなところにでも運んでくれるとテレビのコマーシャルはいっている。亮太はそうした知識を総動員し、あれは絶対にやばいもんだ、と結論づけた。そして、それを確かめるためにおやじの目を盗んでシャッターの閉まった自宅のガレージに大型のバールを持って忍び込んだ。
 亮太は軽トラックの荷台にかかる幌(ほろ)を外し、釘で留(と)められた木箱のふたを傷つけないようにそっとバールで外そうとした。しかし、ヤワなやり方では木箱は開きそうになく、「めんどくせーなぁ」とつぶやきながら、一転、力業に変えた。木箱のふたはピシッと割れるような音をさせながら浮き上がり、勢い余ったバールは木箱に吸い込まれ、キューという歯の浮くような悲鳴をあげた。亮太は「やべっ!」と言いながらも木箱のふたを開けきった。中の荷物は深緑の金属製のケースで、バールによって傷が刻まれてしまった。そして、その傷の部分には、U.S. ARMYと刻印されていた。亮太は「これ! マジやばくね!」とつぶやいた。彼の知識でも、それがアメリカ陸軍を意味していることは理解できたのだ。

 

 7月25日、日曜日の0時43分。イム・チョルたちはワンボックスカーに乗って山口県萩市へとやって来た。
 さかのぼること24日の夕方。ユン・ヨンはバーで日本語のメモを見ながら若い男に声をかけた。私はコリアンから思い出を作りに来た。車を持っているならドライブに連れてって。小さい車では駄目よ。何もできないでしょ。4人乗りのセダンとか、そういう車を持っているのならお互い楽しめると思うんだけど。男は即答し、近所のコンビニでコンドームを購入し、自分の車――4ドアスポーツセダンに乗ってヨンとの待ち合わせ場所に現れた。ヨンが助手席のドアを開けるとイムが素早く乗り込み若い男の脇腹を殴り失神させた。そして手足をロープで縛り、口をテープで塞ぐとトランクルームに押し入れた。ハンドルを握ったイムが言った。
 「うまくいった。これで次の車を手に入れるまでNシステムを心配することはない」
 一方、キム・ウォンはユンの作戦が失敗した時に備え、車を盗む準備をしていたが、待機地点にイムとユンが車で現れキムを拾った。パク・ジファンはタクシーで人気の少ない場所に移動した後、しばらく歩いてイムたちと合流した。その後、4人は関門トンネルを抜け山口県に入り、萩市に近いところで荷物を載せられるワンボックスカーを盗み、乗り換えて萩市に到着した。
 1時ちょうど。約束の場所は田床山(たとこやま)という山のふもとの広い原っぱだった。辺りに住宅はなく、電灯もなく、本来なら真っ暗になる場所であったが、この日は月明かりで目が慣れればフラッシュライトがいらないくらいの明るさだった。その場所には既に白い軽トラックが止まっていた。運転するイム・チョルは徐行運転で軽トラックの脇にワンボックスカーを止め、ライトを消しエンジンを切った。すると、軽トラックから男が二人降りてきた。大枝親子である。イムも車から降り、合い言葉を口にした。
 「漁はうまくいったか?」
 哲郎が答えた。
 「注文通りです」
 合い言葉を確認したイムがワンボックスカーの方に振り返ってOKと合図すると、ユン・ヨン、キム・ウォン、パク・ジファンの三人が車を降りた。イムの「荷物をもらう」という声を聞いた哲郎は、「はいはい」と軽トラックの幌(ほろ)を外し、軽トラックの荷台の後ろあおりを開き荷物を引き出せるようにした。キムとパクはそれぞれバールを持って荷台に上がり、ユンはフラッシュライトで荷物を照らした。すると、木箱のふたは拍子抜けするほど簡単に開いた。最も日本語のうまいパクが哲郎に尋ねた。
 「中を見たか?」
 哲郎は「いや、触ってないよ」と首を横に振ったが、亮太は気まずそうな顔でおやじを見た。
 「お前、荷物に触ったのか?」
 木箱の中身を確認した時、亮太はこの荷物はやばいとおやじに言おうと考えた。しかし、荷物に無断で触ったことは必ずしかられる。中身がやばいものじゃなかったら、間違いなくぶん殴られる。明日は中学の同窓生と久しぶりに会うというのに、青あざのついた顔はごめんだった。だから、今まで黙っていたのだが、おやじや引き取りに来た連中の責めるような視線にさらされて、なんとか自分の正当性をアピールしようと余計なことまで口走ってしまった。
 「だって、話がおかしいじゃん。海で荷物を受け取るなんて。それ、アメリカ軍のだよ。USアーミーって書いてあるもん」
 哲郎は「ええっ!」といい荷物をのぞき込んだ。確かにそのような刻印がしてある。亮太はおやじの腕をつかみ「やべーよ、逃げようよ!」と言ったが、哲郎は「これ何なの?」とすぐ目の前に立つキムに尋ねた。話がもつれそうだと感じたイムは、素早く手刀を哲郎の首に突き刺した。声にならない息を吐きながら哲郎はその場に倒れた。その光景を目の辺りにした亮太は、全身を震わせながら後ずさりし、ユンのローキックをふくらはぎに受けるとその場に倒れ込んだ。イムはキムからバールを受け取ると、亮太の上にまたがった。「たた、助けて」それが亮太の人生最後の言葉だった。イムは手やバールに付いた血を亮太の服で拭き取り、素早く荷台に乗ると残りの木箱のふたを開け、パクは中身を確認した。予定外に運び屋を殺すことになってしまったが、とにかく目的の障害となるようなことは排除しなければならい。イムはキムとパクに木箱ごとワンボックスカーに乗せ替えさせ、自分は親子の死体を近くの茂みの中に隠した。そして最後にフラッシュライトで辺り確認すると、「行こう」と言って車を出させた。
 しばらく走ると、ワンボックスカーは脇道に入って停車した。イムとキムは辺りを確認した後、木箱に入った偽造ナンバープレートに付け替える作業を行い、それが終わるとパクの運転でその場を去った。
 後部座席に座っていたユンは、揺れる車窓から星空を見上げ、亮太が殺された時の光景から、自分が初めて人を殺した時のことを思い出していた。
 ユンは小さな農村で生まれ育った。気立てのよいかわいい娘として村では評判だった。16歳になってしばらくした時、ユンの村を朝鮮人民軍第9軍団の一派が通りがかり、その時に軍団の司令官にユンの姿を見られたことが彼女の悲劇の始まりだった。数日後、ユンの両親の元に将校が現れ、彼女を軍で雇いたいと言い出した。求めに応じれば、今より質も量もよい食料を配給するというのだ。両親は悩んだが、一家が生き残るための選択として、ユンを軍に奉公させることにした。
 ユンは軍団司令官の世話係として働き出したが、奉公の初日の夜に司令官にレイプされた。その後は司令官の性奴隷を強要され、そうしてふた月が過ぎた時、ユンは自殺を試みナイフで手首を切ろうとした。その時、「死んでは駄目だ。生きていれば、今の苦しみを乗り越えられる日が来るかもしれない」と声をかけられた。何を戯言(たわごと)を、私の苦しみの何が分かるの! ユンがそう思いながら声の方を向くと、そこには傷だらけ、泥だらけの男が立っていた。外見はボロ雑巾のような男だったが、ユンを見つめるその目は強烈な精気を放っていた。生きる希望などは既に失っていたが、ユンはなぜかこのボロ雑巾のような男の言うことを聞いてもいいように思い、ナイフを捨てた。
 それからしばらくして、ユンの部屋に突然ボロ雑巾のような男――イム・チョルが入ってきてこう言った。
 「今日から君は自由だ! 北朝鮮は解放された!」
 ユンは泣き崩れた。そして、捕らえられた司令官の姿を見つけると、イムから銃を奪いありったけの銃弾を撃ち込んで司令官を殺した。
 イムはユンに言った。家まで送っていこうと。しかし、ユンは自分をこんな目に遭わせた家族の元には帰りたくないといい、解放軍と行動を共にしたいと言い出した。イムは答えた。
 「好きにすればいい。君は自由なんだ」
 少女時代の悲しい思い出に、ユンは静かに涙を流した。

 

続く……

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