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2012年9月23日日曜日

小説『エクストリームセンス』 No.3

小説『エクストリーム センス』は笹沼透(Satohru)の著作物であり、著作権法によって保護されています。無断で本小説の全部または一部を転載等利用した場合には、民事罰や刑事罰に問われる可能性があります。

 

第1章

 

 あの夏から2年の月日がたとうとしている2021年5月の午後、神奈川県葉山町(はやままち)の空は青色に透きとおり、春の柔らかな日差しが降り注いでいた。見山人美(みやま ひとみ)と親友の泉彩香(いずみ あやか)は、そんな季節の風の中にいた。
 大学生になった人美と彩香は、湘南国際村にある国立の湘南芸術大学にそろって進学し、共に将来の夢に向かって歩んでいた。今、二人は湘南国際村からそのふもとまで続く長い下り坂を、それぞれマウンテンバイクで走り抜けているところだった。風になびく人美の髪型は相変わらずショートだったが、少し長めにし、軽くウェーブのかかったシフォンボムと呼ばれるヘアスタイルで、2年前よりも大人っぽく見えていた。そして、そのシフォンボムにはカチューシャが添えられていた。やや幅広でプラスチック製のその白いカチューシャは、他の女性が身につけることは決してないと思われる特別なアクセサリーだった。また、このカチューシャとセットで必ず人美が身につけているのが携帯電話であり、その時価は恐らく数百万円にもなるだろうという点で特別だった。
 人美のサイパワーが覚醒された2年前の夏以降、人美は相模重工の沢木聡(さわき さとし)のサイパワー研究に協力していたのだが、その研究過程で、サイパワーをうまくコントロールできずに観測機器などを壊してしまうことがあった。人美のサイパワーは覚醒こそしたものの、それを高い確率で意のままに扱うことができなかったのだ。日常生活に支障があってはいけないと考えた沢木は、サイパワーをコントロールする仕組みであるバイオフィードバック制御機構を開発し、これを人美がいつでも装着できるようにとカチューシャと携帯電話に埋め込んだ。これは人美専用の、と言う意味でEYE’s(アイズ)と呼ばれるシステムで、ざっとこんな仕組みになっている。カチューシャには脳波を検出するための受信用PPD(サイコロジカル・パルス・デバイス)と、脳波をコントロールするための制御波を出力する送信用PPDが内蔵されている。一方、携帯電話には軽量版のASMOS(アスモス)が搭載されていて、カチューシャ型ヘッドアセンブリと通信しながら人美の脳波をコントロールする。具体的には、受信用PPDが捉えた脳波をASMOSによってこれまでの学習パターンと照合することによってサイパワーの発動を検出し、捉えた脳波に対して逆位相となる制御波を送信用PPDから出力することによって人美の脳波をフラットにし、結果としてサイパワーを押さえ込むのだ。この他にもEYE’sには幾つかの制御モードがあるが、状況により制御モードを使い分けることによって、人美は日常生活に支障をきたすことなく安心して暮らすことができた。
 一方、人美の脳波の観測機会はEYE’sによって飛躍的に高まり、ASMOSの学習能力は沢木の予想を超えるスピードで高まっていった。
 「人美っ!」 後ろを走る彩香が人美の横に接近しながら続けた。
 「今日のパーティーは、きっととても楽しくなるわよ! だって、こんなに風が私たちと一つになっているもの」
 彩香はあでやかなミルフィーユパーマの髪をなびかせながら言った。この日、5月18日は人美の二十歳の誕生日であり、人美が居候している相模重工会長の白石弘三(しらいし こうぞう)の屋敷で、親しい者たちによる誕生パーティーが開かれることになっていた。
 人美は答えた。
 「彩香は相変わらず詩人ね。そうね、いい風ね。すばらしい環境で勉強できて、友達がたくさんいて、彩香がいる。私は幸せだわ!」
 あの夏以降、人美はサイパワーに苦しめられることはなくなり、充実した人生を歩んでいた。

 太平洋標準時で間もなく日付が変わろうとしているころ、黒いメルセデス・ベンツSLRマクラーレン・ロードスターが、サンフランシスコ郊外に広大な敷地を持つ屋敷のエントランス前で止まった。スイング・ウィング・ドアが開くと、190センチ100キロのスーツ姿の巨人が降り立った。巨人はいとしい娘の姿を認めると、一目散に駆け寄り抱きしめた。
 「ズウォメイ、会いたかったよ! しばらく見ない間にまた美しくなったね!」
 巨人はいつも陽気で、大げさなパフォーマンスに特徴があった。
 「お父様、大げさよ。今回は3日家を空けただけ。短い方だわ」
 抱きしめられた娘の名はズウォメイ・エマーソン。巨人とは逆に、158センチ40キロという華奢(きゃしゃ)な体型を持つ中国系アメリカ人である。抱きしめた巨人の名はニール・エマーソン、ズウォメイの養父である。
 ニール・エマーソンは、世界最大手の民間軍事会社EMSの創業者でありCEO(最高経営責任者)である。彼はイギリスで生まれ、イギリス陸軍の特殊部隊SASで戦術の専門家として活躍した後退役し、アメリカにわたり警護会社であるESS(Emerson’s Security Service)を設立した。スマートな警護スタイルが評判を呼び、財界人や芸能人の間で話題となり会社は成長していった。やがて、海外紛争地域での施設警備などの事業を始めると、社名をEMSサービス・プロバイダー(Emerson’s Military and Security Service Provider)に変更し、民間軍事会社という新たなビジネス領域を切り開いた。
 ある時、アメリカ軍のヘリコプターが紛争地域に墜落し、そのパイロットが反政府ゲリラに捕らわれるという事件が起きた。その時、アメリカ軍よりもゲリラの拠点に近い場所に居合わせたのがエマーソン率いるEMSの傭兵(ようへい)部隊だった。早急な救助が必要であると判断したアメリカ軍はEMSに救出を依頼し、エマーソンがこれを見事に成功させると彼はアメリカのヒーローとなり、EMSの名とサービスレベルが世界に知れわたった。
 16年前のある日、車で移動していたエマーソンは、小さな町の入り口付近でパンクしたタイヤを交換していた。すると、どこからともなく幼い少女が現れた。少女はエマーソンに近づくと、タイヤの交換作業をじっと見つめていた。エマーソンは笑顔で声をかけた。
 「タイヤの交換が珍しいのかい?」
 少女は答えた。
 「大きな手……」
 エマーソンは立ち上がり、大きな声で笑いながら答えた。
 「はははは…… 私は大男だからね」
 少女は190センチの巨人に驚いた顔を一瞬見せた後、エマーソンの笑顔につられてほほ笑んだ。
 「私の名はニール、ニール・エマーソン。君の名前は?」
 少女は小さな声で答えた。
 「ズウォメイ」
 「ズウォメイ…… いい名前だ。君は東洋系のようだね。大きくなったら、きっとすばらしい美人になるだろうね」
 ズウォメイの薄い笑みを確認すると、エマーソンは再びタイヤの交換作業を続け、ズウォメイはエマーソンの作業を見守っていた。
 「手の傷はどうしたの?」
 ズウォメイはエマーソンの左手の甲についた傷を見て尋ねた。それは、戦場を逃げ惑う少年を救おうとした時に、迫撃弾の破片が突き刺さった痕だった。破片はエマーソンだけでなく、抱き抱えた少年の首にも刺さり、少年は苦しんで死んでいった。エマーソンは無念の記憶を思い起こしながら、「君ぐらいの男の子の記憶だよ」と返事をした。ズウォメイは、「優しいね」と言ってほほ笑んだ。エマーソンにはなぜズウォメイが優しいと言ったのか、その意味は分からなかったが、そのズウォメイの笑顔に心の安らぎを覚え笑みを返した。
 タイヤの交換を終えたエマーソンは、「ズウォメイ、お家はどこだい? 車が直ったからお家まで送ってあげるよ」と尋ねた。
 「ありがとう」と言うズウォメイをエマーソンは抱え上げ、車の助手席に乗せようとした。
 何て軽いんだろう…… ちゃんと食べてるのか?
 よく見ると、ズウォメイの服は薄汚れていて靴はボロボロだった。
 助手席にズウォメイを乗せたエマーソンが運転席に回り込む間に、ズウォメイは書き込みの入った地図を車内に見つけた。そしてエマーソンが運転席に座り、「どこへ走ればいい?」と尋ねると、「この道はよくないよ。変えた方がいい。こっちかな……」と言って地図を指差した。その地図は、2日後の軍事作戦を記した地図だった。
 「えっ!」 とエマーソンが混乱しているうちに、ズウォメイは車からスッと降りて走り去ってしまった。
 エマーソンは、合衆国政府から依頼された麻薬密造組織の拠点を襲撃する作戦に臨んだ。しかし、ズウォメイの指摘を気にした彼は、ジャングルの進攻ルートを変更した。作成は大成功だったが、エマーソンはこの成功の原因を確かめたかった。もし、最初のルートで進攻したら? 彼は変更前の進攻ルートを部下に調査させた。すると、巨大な倒木が発見された。もし、この倒木を迂回(うかい)するために部隊がルートを外れていたならば、敵に発見され恐ろしい結末が待っていたかもしれない。エマーソンはすべてを直感で理解すると、ズウォメイにもう一度会いに行こうと心に決めた。
 ズウォメイの捜索は実に簡単だった。ズウォメイと出会った町に行き、中国系の女の子を探しているんですけど? と質問し、怪しい者ではない証しとしてタイムズ誌の自分の写真が載った表紙を見せると、町人は「ズウォメイちゃんなら教会にいるよ。孤児院を兼ねているのよ、あの教会」と言い、尋ねてもいないことまでご丁寧に答えてくれた。それによると、教会の神父の善意により孤児たちを引き取っているのだが、貧しい町のわずかな寄附では、子供たちが本来必要とする栄養を与えることができず、不憫(ふびん)な暮らしをしているという。
 エマーソンは考えた。あの子には何か特別な才能がある。なのに、今のままでは食べることさえままならない。将来は? 今のままでどんな未来が待っているというのか? この時、エマーソンは自分でも予想していなかった答えにたどり着いた。
 ズウォメイに再会したエマーソンは、唐突に切り出した。
 「ねえ、ズウォメイ。私の娘にならないかい? 君には才能がある。しかし、今の暮らしではその才能を生かすことはできないと思うんだ。私は決して君を不幸にはしない。私の命ある限り、君の幸福のために尽くそう。どうだい?」
 この唐突な問いに、ズウォメイは答えた。
 「地図は役に立ったぁ?」
 エマーソンは満面の笑みを浮かべながら「ああ、とても役に立ったよ」と言い、疑問を投げかけた。
 「君は未来を見通すことができるのかい?」
 ズウォメイは明るく答えた。
 「うん。今日おじさんが来ることも知ってたよ。それで、気持ちも決めてる。私、おじさんの子供になる。きっと幸せになれるから……」
 時にズウォメイ5歳、エマーソン42歳のことであった。
 エマーソンの言葉にうそはなかった。彼は58歳になった今も独身のまま、人生の半分をズウォメイに、もう半分を仕事に費やした。ズウォメイは大きな家、きれいな服、豊かな食事、上質な教育を与えられ、そして何よりも、エマーソンの深い愛情によって包まれていた。そのような時の流れの中で、ズウォメイは21歳の美しい女性へと成長した。黒く長い髪は自然に緩やかなウェーブを描き、目はクリっとした二重。ズウォメイを見た者が「おきれいな娘さんですね」と口にすることは、エマーソンの大きな喜びとなっていた。
 エマーソンは居間のソファに座り、テレビのニュース番組を見ながらズウォメイが隣にやってくるのを待っていた。ズウォメイは、エマーソンが好きなワイルドターキーのロックと自分用のハーブティーを用意してエマーソンの隣り座った。ズウォメイは、こんな時間が好きだった。いつも笑顔の絶えない父、その瞳はいつでも自分を優しく見つめていた。そして父の話は楽しいものばかりだった。最近歳のせいか同じ話を繰り返すことが多少多くなったが、語られる父の物語はまるでインディー・ジョーンズの映画のような冒険とスリルにあふれるものだった。その話の中には、戦争の話も多く出てくるが、戦争を語る父の言葉にこそ、父の持つ正義感や優しさが込められているとズウォメイは感じていた。だから、戦争屋の娘、と陰口を言われても気にしたことは一度もなかった。父は戦争屋ではない。人々の幸せのために、様々な悪と闘っているのだ。現に、最近もEMSが国際指名手配となっているテロリストのアジトを発見急襲し、手配犯を拘束してアメリカ軍に引き渡したニュースが大きく取り上げられ、合衆国大統領の感謝のメッセージは全米に放送された。しかし、父に逆恨みを持つ者の存在を考えると、できればそろそろ引退をしてほしい、とズウォメイは思っていた。
 エマーソンがターキーを飲みながら上機嫌で今回の出張での出来事を面白おかしくズウォメイに話していると、テレビのニュースは日本で行われた相模重工の先端技術発表会の模様を映し出した。映像は、相模重工が開発したNGR-X(Next Generation Robot - X)という最新型の人型ロボットと、開発を指揮する沢木聡の姿を映し出している。そして、インタビューで沢木が「このロボットは人の思考で制御されています……」と答えると、ズウォメイは「人の思考で……」とつぶやきながらテレビに目をやった。すると、その力は前触れもなく、彼女の意思とは無関係に現れた。ズウォメイの持つサイパワーの一つ、予知能力だ。
 視界が真っ白になり、様々なイメージが頭の中で連続的に再生され、やがて点である一つひとつのイメージから線ができ、面が描かれ、最後は立体としてズウォメイは未来を悟ることができる。
 ズウォメイは未来を口にした。
 「人のバランスが崩れようとしている」
 エマーソンは驚きと戸惑いを混ぜ合わせながら「えっ!」と声を漏らした。ズウォメイは繰り返した。
 「人のバランスが崩れようとしているわ。多分、あの人が関係していると思う」
 そう言ってズウォメイは沢木を指差した。

 

続く……

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